2023年4月16日 (日)

初めてのプリント基板

今まで、電子回路工作をする場合は、ほとんどがジャノメ基板(ユニバーサル基板)か生基板上にランドを置いて配線する方法でシコシコと手配線していましたが、一度はやってみようと前々から思っていたプリント基板の作成を中国に依頼してみました。

今回はプリント基板を発注する手順を自分で確認する事が目的なので、アートワークに時間が掛からない簡単な回路にしました。

発注先は特に深く考えずPCBgogoにしました。日本語でやりとりできるので助かります。

4月11日にユーザー登録と原稿を提出。
4月13日に先方から発送。 発注時にデフォルトとなっていたSF Expressでの送付を選択。
4月16日に到着。佐川急便で届けられました。 発注から5日で届いたことになります。

納期や送られて来た基板の品質は悪く無いですが、基板は$5(5枚で注文しました)に比べて送料がお高い($32)のとPaypalで支払うと$2余分に掛かります。全部で$39ですが、今は円安に持ってきて、Paypalの円レートがやはり高い(?)。日本円にすると結構なお値段になりました。PCBgogoでは初期登録でクーポンがもらえますが、何かの手違いかクーポンの連絡が遅かったので、今回は使えず。。

少々無駄遣いの感もありますが世間で言われている様に、以外と簡単に発注できる事がわかったので、目的は達せられました。

KiCADはVer7が出ていますが、今回は馴れた(少しだけですが)Ver5を使いました。ボチボチVer7の導入を考えても良いかも。。Pcb3 

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2023年4月14日 (金)

白瀬川源流付近、フクロウ谷キャンプ場

1980年頃に、逆瀬川の支流の白瀬川の上流にフクロウ谷キャンプ場という場所があったらしい。
僕は、記憶に無いのだが3つ違いの弟が高校~大学の頃にこの辺りをウロウロしていたとの事。

弟から送られて来た当時の地図のコピーを見ると、確かにフクロウ谷キャンプセンターと書かれている。

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ネットで検索するも、手掛かりが全く得られない。そこで、送られて来た地図と最近のハイキング地図と重ねて見ると白瀬川の下流から3つめの堰堤の付近にあったと思われる。昔の地図に記された位置が正確であれば、、であるが。(この様な場所は以外とズレていることが多いと思う)

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今日はキャンプ場だった痕跡が見つからないか、白瀬川を歩いて来た。歩いて見ると堰堤はもっと数があるのだが、2つくらいの堰堤同士が近いので、地図ではそれらはかたまりとして一つの堰堤で記載されている様だ。

白瀬川を登って行き地図上の3つ目の堰堤まで行ってきたが、残念ながら、キャンプ場の跡らしきものは発見できなかった。

そこより先は川幅も狭いので、川沿いにキャンプ場の跡地を見つける可能性は低いと思って引き返す。
川沿いの道から外れた所にあったのかも知れないが、流石に道を大きく外れて探す気にはなれない。

このキャンプ場についてご存じのかたは居ないだろうか??

 

 

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2023年3月19日 (日)

白内障手術 その後の不快なこと

2月9日に白内障手術を受けたことを書きました。手術から1週間経った時期です。

それから1ヶ月以上が経ち、1.5ヶ月近くが経過したので、メモとして再度記載します。
本当は1ヶ月経過したところで書こうと思っていたのですが、目のことを考えると憂鬱になってしまい書く事ができませんでした。

さて、現状はというと視力は左右とも裸眼で0.7前後だと思います。矯正視力は1.0から1.2程度出ているので眼科医からみると問題が無い状況になるでしょう。

しかし私的には大いに不満があります。当初は遠くに焦点を合わせる様に要望していたにも関わらず、結果として両眼とも1mから少し手前にピントがあります。手術前は遠視+老眼だったので全く逆の状態です。このことは前にも書きましたが大きく変わりありません。

あまりに日常生活が不便なので術後2週間目にメガネの処方箋を出してもらいメガネを作りました。通常は視力が安定する2~3ヶ月経過してから作るのが良いと言われていますが、メガネなしでは車の運転などはもっての他、テレビも満足に見えないと言う状況に耐えられなかったためです。

また、見え方にも不満があります。まず両目とも視野の外側に縦の黒いスジが見えます。ネットなどで調べてみると白内障手術後に希にあるようで眼内レンズの大きさが人間のレンズに比べて小さいことに起因するそうです。私の場合は希ではなく、両眼ともあります。

また、右目は中央から少し外上にカスミのような陰があります。また、飛蚊症のようなものも見えます。カスミについては当初は右目全体が白っぽく見えて右目、左目それぞれで見るとそうでもないのですが、両目で見ると右目が白っぽく見えます。少しずつマシになってきている様に思いますが、、。また、晴天日光下ではやはり右目が白っぽく見えます。逆に薄暗い所では左右の違いが気になりません。

術後1ヶ月程度まで右目が沁みるような感じで涙も出るのでセカンドオピニオンも兼ねて少し大きな病院で検査をして貰いました。(神戸市灘区の病院です)準大手だけあって検査機器はしっかりとしている様で、検査してくれた技師?看護師?の方もしっかりとされていました。医者はとても若い人でしたが、手術としては苦戦の後が見られるが、問題が無いレベルであるとのことでした。(これで少し安心しましたが、苦戦の後が見られるということは、何らかの痕跡が目に残っているということです。)

一般的に簡単と言われる白内障手術の後、私が苦しんだ要因として以前に前立腺の薬を飲んでいたことが第一の要因かと思います。ただし前立腺の薬は止めて1年以上経っていたのですが、、、少し長期間(何も考えずに)服用していたことが問題のようでした。

ある種の薬を飲むと黒目(?)の部分がピクピクを動いてしまい、眼内レンズを入れるために水晶体を除去するときに余計な部分まで取ってしまう恐れがあるとのことでした。私の場合、左目も少しその様なことがあって手術がやりにくかったと言われましたが、次の右目では非常に厳しかったようで、途中で何かリングの様なものを瞳にはめて手術をされたようです。そのため5~10分程度と言われる手術時間も20分以上だったように思います。

私が前立腺の薬を飲んでいたことは事前にはっきりと言っていたのですが、手術が始まってから、前立腺の薬を飲んでました?と手術者に聞かれたので、ひょっとするとその様な想定で手術が開始されていなかったのかも知れません。

私が手術を受けた病院は阪急今津線の宝塚南口駅前の病院で、病院のネットでは白内障手術の手術数も多数こなしているという触れ込みでした。(これでどの病院か直ぐにわかると思いますが)
しかし、この病院に行っていくつか??と思う様なこともありました。

・院長?と思われる、通常患者に接している医師と手術者は別である。どうも手術は外注では無いかと思われます。
 そのため、事前に医師に伝えた内容(服用薬のことなど)が十分に伝わっていかったのではと感じています。

・検査機器が少々古めかしいように感じる。灘区の病院に比べて検査項目自体も少なく、また機器がエラーを出した時も単にやり直すだけで何らかの要因があるのでは?というような考えが無かったように思う。私の焦点が事前の希望から大きく外れた要因は恐らく事前の眼球の測定の誤差が大きかったためと思います。(この眼球の形状と焦点を合わせる距離からレンズの度数を決める)

実は眼球の測定の時に何か上手く行かなかった様で、何回も測り直しました。私は測定している看護師(とても技術があるように思えないおばちゃん)に大丈夫ですか?と聞いたところ、何回か測って平均出してますから大丈夫です、、と言う返事は、実はあてにならなかった様です。

今更遅いのですが、簡単と言われる白内障の手術も事前の検査がしっかりしていないと、希望する所に焦点が合わないと言う様なことになる恐れがあります。したがって、比較的新しい検査機器を導入している病院で手術を受けるべきと思います。

 

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2023年1月13日 (金)

ソウシチョウ

最近加わったウォーキングルートに武庫山の森の散策路がある。散策路の入り口は光が丘と武庫山(正面入り口)、東口の3カ所あるが、僕は登りの距離を増やすために光が丘の入り口から入ることが多い。光が丘の入り口まで家から徒歩(登り)で2~30分かかるので、そこまでの往復でもそれなりのウォーキングルートではあるが、、。

散策路は大きく3つのルートがあり、それぞれ10~15分程度であるが坂が結構きつい。歩数より心拍数を上げるのが目的のルートでもある。
また、鳥の声が良く聞こえるのでZ50/FTZ/70-300のセットを持って歩いている。ただし、歩くのが主目的なのでじっくりと立ち止まって鳥を探さない。したがって鳥見としての成果は上がっていない。

今日は珍しくソウシチョウを見たので写真をアップ。薄暗いのでISOが自動で3200まで上がって画質は良くない。(300mm/トリミング)

Photo_20230113174101 

ネットで調べると幼鳥のようでクチバシが十分に赤くなっていない。特定外来生物に指定されており、ウグイスやオオルリ、メジロなどが駆逐される恐れがあると言われている。綺麗な色をしているが困った鳥の様だ。。
ソウシチョウを見るのは多分2回目。10年くらい前に金剛山で見たはず。

武庫山の森の案内看板。僕はなるべく登りを多くするために、光が丘まで上がって武庫山の方に降り、また登って光が丘から出るというルートが多い。

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2023年1月 2日 (月)

今年のおみくじ

永年、オサボリ状態のこのblogも正月のおみくじだけはUPDしていましたが、今年は元旦におみくじを引きませんでした。

代わりに今日(2日)におみくじを引きました。
十年近く初詣に行っている灘区の神社です。訳あってまだ灘区の家を残しているので今日はそちらに行ってましたので、ついでにお参りをしました。

Mikuji2023  

実はこの神社の前に行った神社でもおみくじを引いたのですが、末吉で書かれている内容がイマイチだったので、こちらの上々吉を今年のおみくじにしました。(笑) 

ついでにお参りとか、都合の良いおみくじを今年のおみくじにしたりとか、、バチが当たりそう。でも、不思議なことに、どちらのおみくじも番号は一六番でした。 

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2022年12月23日 (金)

初雪

各地で大雪による被害のニュースが流れていますが、我が家のベランダにも初雪が積もりました

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家の前の道路は冷え切っていなかったのか、雪は無かったのですが近所の庭木や自動車には結構積もっていました。

私の家から少し山の方に向かうと、結構坂道があるためか12月になるかならないかの時期からあちこちに凍結防止剤が置かれています。

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同じ様に坂が多い灘区ではあまり見なかったのですが、宝塚では少し山に近い地域ではそこら中に置かれています。
少し大げさに感じていたのですが、車が無いと買い物にも行けない地域では凍結すると困るのでしょうね。。。

引き続き全国的には大雪に注意とニュースでは言っていますが、明日の天気予報では自宅周辺は少し温度が上がる様です。

 

 

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2022年12月 8日 (木)

生瀬のウィルキンソン工場の景色と逆瀬川の思い出。

子供の頃、ボーイスカウトに入団していたのですが、当時は最上のキャンプ地として皆が武田尾と言っていました。当時は武田尾温泉で有名だったようですが、どの辺りでキャンプをしたのか、全く記憶がありません。その後、高校になって山岳部に入ってからはロッククライミングのトレーニングで蓬莱峡に良く行きました。そんな事から、子供の頃に時々福知山線に乗っていたのですが、記憶の隅に電車の窓からウィルキンソンと書かれた工場があったことを思い出します。電車の景色でこの様に思い出す所はほとんどないのですが、、、。

武田尾でのキャンプは覚えていないのですが、蓬莱峡の方は高校生になっていたので良く覚えています。当時はボッカ訓練には、金剛山や大和葛城山に行き、ロッククライミングの練習には六甲山の蓬莱峡や仁川、ロックガーデンなどに行ってました。そんなわけで、子供の頃から六甲山界隈(と言っても東側ですが)に馴染みがあったのですが、歳を取ってからその様な思い出の地に近い場所に住むとは思っても見ませんでした。

蓬莱峡での一番の思い出は、納山祭と称してクラブのOBとも合同で餅つきをしたことでしょうか。。米屋の先輩が石臼とセイロを持ち込んで、蓬莱峡の河原で餅つきをしました。当然、飲んで騒いで、、大変でした。蓬莱峡の河原は広く、一斗缶で缶蹴りまでして、他のクライマーかららひんしゅくをかっていたのでは無いかと思います。

酒が切れると、生瀬まで歩いて買い出しです。もう締まっている駅近くの酒屋さんのシャッターをたたいて、無理矢理酒を売って貰いました。
行きは下りなので良いのですが、帰りは上りでオマケに酔っ払っているために、途中で道路上で寝転ぶやつも出てきて大変な買い出しでした。

ウィルキンソンの工場の景色の思い出に引きずられて、若かりし頃のバカ騒ぎを思い出してしまいました。。。(苦笑)

ついでにもう一つ、思い出を書いておきます。
中学1年生だったと思うのですが、ふと思い立って単独で夜間ハイクに行くことにしました。場所は逆瀬川からのハイキングコースとしました。良く考えると無謀な考えなのですが昼間に行った事がないコースを選んだのです。本人は地図とコンパスがあれば何とかなると気楽に考えていたようです。

逆瀬川の駅から川沿いに歩いて、地図ではゴルフ場の辺りにハイキングコースの入り口があったと記憶します。具体的にどのようなコースを歩こうとしたのか覚えていないのですが、ゆずりは緑地辺りから山に入る予定だったのだと思います。

逆瀬川駅を降りたときは薄暗くなっていて、川沿いの道を歩いてゴルフ場辺りに着いた時には完全に日が落ちていました。懐中電灯を持ってハイキングコースに入る所を探してウロウロしていたのですが、どうしても入り口が分からず、勝手にゴルフコースの上を歩いたりしていたように記憶します。

どうしてもハイキングコースの入り口が分からなかったので、諦めて電車がある間に帰ろうと考え、元来た道を引き返しました。後ろから車も来るので危ないと思い、懐中電灯を振りながら歩いていると突然車が止まって、おじさんからどうしたんや?と聞かれました。ハイキングに行こうとしたが道が分からないから帰る所です、、と言うと、子供がこんな時間にこんな所を一人で歩いているからびっくりした、、と言われて、逆瀬川の駅まで車に乗せてくれました。初めてのヒッチハイクです。後から考えると、そりゃそうだなぁ、、と思い、自分の無計画さを反省しました。

ところで、家に帰り着くと母親も驚いて、どうしたん?と聞いてきます。道が分からなかったので帰って来たと言うと、笑っていました。まぁ、心配はしていたでしょうが、無事に帰って来たので安心したのでしょう。

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2022年11月24日 (木)

久しぶりの日本橋と難波の平井スポーツ

勤労感謝の日は相方が友人を自宅に呼んで女子会(おばさん会)を開くというので、邪魔者の私は雨の中をお出かけです。
出不精の私はこの様な機会が無いと中々出かけないので、まぁ良いか、、と思って出かけました。

久しぶりに大阪日本橋まで足をのばして、共立電子産業/デジットでパーツの買い出しです。最近は日本橋に行っても共立と千石電商くらいしか覗きません、、。
電車賃を考えると通販で送料を払った方が安いのですが、実店舗に行くと通販では見かけないモノもあります。
主な目的はオペアンプですが、作業用の導電マットなどいろいろと散財してしまいました。

家を出るときは雨が降っていたのですが、日本橋に着いたときは雨も止んでいたので難波まで歩きます。
難波といえば、高校から大学のころに山登りをしていたので、贔屓にしていた平井スポーツをいう山道具屋を思い出します。
いつからあるのか分かりませんが、私が学生の時には既に古びた感じのお店で2階と3階は屋根裏部屋のような雰囲気でした。

当時からあった好日山荘や石井スポーツなどに比べて古びたモノや無名品が多くあり、値段も安かったので貧乏学生だった私のクラブ(高校山岳部でした)の面々には人気のお店でした。先輩の一人はそこで安価な国産のピッケルを購入しましたが、少しサビがありました。今はどうか分かりませんが、昔はそのようなモノを置いてあったお店でした。

そんなお店ですが、中々しぶとく生き残っており、今回も久しぶりにその前を通って見ると店はシャッターが降りていました。
一応、店の名前は書かれていたのですが閉店してしまったのか、偶々休みだったのかは不明です。

Img_0953

そう言えば、同様の存在が日本橋電気街の塚口勇商店というのもあります。そちらは、その日も開店しており元気(?)に営業されています。おそらく、両店とも土地も店舗も自前なので続けられているのだと思います。

もっとも、平井スポーツではいろいろと買い物(そう言えば、カラビナが安かったぞ)しましたが、塚口勇商店では何十年も日本橋に通っていながら、モノを買ったのは数回だけす。(大昔、プリント基板を買ったのと、昨年クランプコアを買いました。他は記憶が無いなぁ、、)

 

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2022年11月14日 (月)

3年ぶりの飲み会

もう何年になるか、アマチュア無線の先輩方と毎年飲み会をしていたのですが、コロナのために2回開催中止となり、3年ぶりに12日(土)に集まることができました。

飲み会のきっかけは私が開局した当時、近くに居たOMさんが還暦になられた時にOMと親しい人たちでお祝いをしたのが始まりでした。

その後、2013年7月にOMが亡くなられたために送る会ということで、メンバーが少し広がったのですが、もう9年も経ちました。
OMは亡くなった時に72歳と聞いたので飲み会が定例化してから20年以上になったわけです。

元々はアマチュア無線の繋がりですが、今となっては無線を続けているのは少数となったことが少し寂しい所でしょうか。かろうじてコールサインを残している方も居られますが、とっくに免許切れとなった方が半数以上です。

メンバーの中で私が最も若いので、当然老人の集まりで今回は15時集まりの17時解散となりました。二次会もなしで少し愛想が無かったですが、埼玉からわざわざ参加された方もおられました。その方は昨年、大学の教授をリタイアされてアマチュア無線を再開すべくアンテナについて質問を受けました。私も今年になって本格的にアンテナをあげたので話しが合いました。(笑)

飲み会の席では、亡くなられたOMの話しが出ることもほとんど無くなりましたが、そのOMのおかげでこの様なつながりがあることに感謝しなくては、、と思ってこれを書きました。

MNY TNX JA3BCZ

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2022年11月11日 (金)

近況メモ

2022年も11月に入り、年の瀬も近くなってきました。

昨年は10月に大阪市から神戸市に転居し、今年の5月には宝塚市に転居しました。
1年に2回も引越をするとヘトヘトとなりましたが、ようやく日常も落ち着いて来た感じです。

カメラや鳥見などを中心として始めたこのblogですが、この十年くらいは鳥見もご無沙汰状態です。
もちろん、歩いていると時折渡り鳥を見かけると少し血が騒ぎます(笑)

カメラの方も永らくUPDしていないので、手持ちの機材はすっかり時代遅れとなりました。

最近は子供の頃の趣味であった電子工作やアマチュア無線を中心に遊んでいるので、このblogでもその辺りの内容を書いていこうかと思っていますが、どうなることやら、、、。

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